2006.02.26 「カメラマン木津智史とユーリアを語ろう」
@フォトスタジオ木津(群馬県伊勢崎市)

ユーリア・ノーバというモデルを見出し、彼女の写真を独占的に撮影して発表することにより、その筋では世界的に有名な写真家になった木津智史氏。

活動拠点は生まれ故郷である群馬県。

その群馬県の中の伊勢崎市。

上野から約1時間30分。

さらに最寄の駅から車で20分ほど行ったところにフォトスタジオSKはある。

フォトスタジオの外観。

当日はあいにくの雨模様でちょっと肌寒いほどの天気。


木津氏の愛犬、その名も「ユーリア」。知らない人たちがやってきたので吠えている。


参加者は自分も含めて多数。まずは自己紹介からイベントは始まった。東京、千葉、秋田、仙台、長野、等々、日本各地からやってきた面々。ユーリアを知ったきっかけは「バチェラーを見て」「にしまきとおる先生のサイトからのリンクをたどって」「東京トップレスから」「もう忘れた」など。
他にも北海道や九州など全国から参加を希望したファンもいたようだが都合がつかなかったようだ。

木津氏とユーリアと現地アシスタントの記念写真や未発表のビデオ画像などを見せてもらう。

写真を載せると今後の撮影の差しさわりになるかもしれないので木津先生の写真を載せることは出来ないが、顔はジョン・ウエインに似ている思う。
この世代に特有の豪胆な人柄という印象だが、芸術家特有の繊細さも持ち合わせているようだ。

3日間かけて編集したというビデオを流しながらのトーク開始。

ちなみに55インチのプラズマディスプレイはこの日のために購入されたそうだ。

ビデオの内容は編集段階でカットされた未発表のものや、DVDには収録されることのないモデルのオーディション風景など。次のDVD予定はユーリア&フレンズというコンセプトでユーリアと他の女の子とのカップリングが見られるようだ。


(↑映像はアンナ)

唯一ユーリアに匹敵するグラマーなアンナのほかにも、ブロンドで愛らしい表情のカチューシャとの2ショットは実に絵になる。

トークの内容は膨大なのですべてはテキストにできないが記憶に残ってるところを抜粋。

木津氏は一匹狼のような写真家で、誰かがすでに撮っているような女優やモデルを撮ることは殆どなく、手垢のついていないモデルや素人の女子大生などを自費で撮り下ろしてそれを出版社に売り込むというスタイルだ。

ロシアと木津氏の接点は15年ほど前、スタジオの近所にあったフィリピンパブの経営者がフィリピン娘で儲けた利益を資本に店舗をロシアンパブにリニューアルさせたことだった。これが大当たりでロシア美女を目当てにやってきた客の自動車が店のある通りずらっと並んでいたほどの盛況ぶりだった。

そこにやってきていたタレント(ロシア人女性)は出稼ぎにきていた元モデルで、ビザの関係で半年後には帰国するわけだが、木津氏は彼女たちに帰国後にエージェントを通じてモデルを探すように頼む。当時共産圏であるロシアの美女を撮影するというのは大手出版社にはない発想で、その独自のルート開拓の始まりであった。

若くして渡米し、世界を相手にしてきた木津氏だったがロシアでの撮影は苦労の連続だった。旧体制の崩壊とその後の体制転換過程に至る中でロシアの大衆は貧困のままに置き去りにされ、空港職員の態度は横柄で無礼極まるものだし、警官ですら常習的に賄賂を要求してくる。つまるところ井の中の蛙なのである。世界から見たロシアの現状を彼ら自身は知らないのだ。

「ロシアはユーリアおよび美しいモデルを撮影するという目的のために行く国だ。」と木津氏は言う。

当初、撮影されたロシア美女や美少女の写真集は話題にもなり多くの部数が出版されたが、「外国の美女・美少女」というだけでは売りにならない時代になっていく。木津氏自身は巨乳が好きというわけではないが特徴のあるモデルならば何かの突破口になりうるのではないか。
彼はモスクワで知り合いのエージェントを通じて胸の大きな女性を探すように指示を出した。

当時ユーリアは木津氏が撮影したモデルの友達でまったくモデル活動はしていない素人だった。

ユーリアの写真はモデルの友人がユーリアをオーディションに参加させようと持ってきたものであったがそれは「素人が撮った写りの悪い写真」であり、着衣であったこともあり胸の大きさもわからなかった。第一印象で木津氏はユーリアのオーディション参加に難色を示したが、結局カメラテストをすることになった。もしこの時にオーディションをしなければユーリアというモデルが見出されることは永遠になかった。

撮影の日、時間よりも早く待ち合わせ場所にやってきたユーリアは普通の格好ではあったが、一瞬後光がさしたように見えた。以前に見た写真と実物とはまったく印象が違っていた。その印象はさらに彼女が服を脱いだ瞬間に塗り替えられた。

息を呑むような造形美がそこにあった。

これまで撮影で何百人というモデルを撮影してきたが、ユーリアの肌の白さ、綺麗さは特別だと木津氏は言う。

正統派の美人顔では決してないが、他のモデルにはない瞳の輝きがあった。

帰国して数ヵ月後、木津氏は以前から交流のあったバチェラーの編集長・白石氏に電話をかけた。
ユーリアの写真を見た白石氏は即座に言った。「これは十年か二十年に一度現れるかどうかの逸材ですよ。ユーリアの写真をもっと撮ってきて下さい。」



途中ですが、ちょっと文章を書くのに疲れました。


映像は今後DVD化されるであろう未発表テープ。

その後、ファンからの質問に答えたり、といったような感じでトークが進み2時間くらい経過。

イベントも終盤。アミダくじによるプレゼント争奪戦。

プレゼントの内容は撮影時にユーリアが着用した水着やランジェリーなど。

プレゼントを手にする参加者たち。

着用時の写真には、ユーリアの直筆サインが入れてある。

このほかにもあったが撮影し忘れた。

さらにユーリアの生写真詰め合わせ(各自内容はバラバラ)をいただく。


内容はこんな感じ。


このあと帰りの電車の時間がせまってきたということで一人が帰りましたが、その後1時間弱くらいはビデオを見ながらのトーク続行。

さらに先生行きつけの料理屋に場所を変えて木津先生を囲んでファンとの会食が行われ、その後最寄駅まで送っていただきイベントは終了しました。


多忙な木津先生はこのようなイベントを行うのは最初で最後ではないか、と言っていたので、貴重な機会だったのではないでしょうか。


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